2003年12月の気付きと工夫の記録です。
稽古日記 12月6日 Pハーネスを使った立ちを行った際にいくつかの気づきがあった。 一つ目。床を蹴る際に足が滑る。靴を履くことで解決するがその着脱が面倒なので、滑り止めマットを敷いて裸足で対応している。足が滑ると言うことは鉛直下向きに押していないと言うこと、すなわち体重以下の力しか発揮していないということ。足首が伸びているから、脚力が不足しているから、スタンスが悪いから、どれだろうか。 二つ目。両膝が伸びきった時点で背中と尻はベッドにあずけられている。斜めになった両脚は全体重を支えていない。Pハーネスにいくらか吊られている。ベッド端の真下にスタンスをとること。 3つ目。吊られた状態で足が動かない。立ちにこだわりすぎて歩きを失ってはいけない。恐れていた事態が感じられる。ベッド上、車椅子上の鍛錬に脚上げを盛り込まねばならない。 12月8日 PROJECT WALKの12月更新記事をチェックした。いかさまと呼ばれているらしい。当然、否定している。利用者の進歩具合を動画で公表している。1年目のALEXが歩いている。歩きと呼べるかどうか、その歩きはちっとも美しくない。しかし、今の自分の目標はここにある。それにしても、なぜ杖や歩行器を使わないのか。つかめないのか。上肢の鍛錬も必要ということ。 車椅子上では脚伸ばししか行っていないが、ベッド上で行うと思いこんでいる鍛錬もやることを考える。 12月11日 エクササイズのアニメを見て再確認したが、立ち上がりの際の筋肉の使い方を練習するにはレッグ・エクステンションよりもレッグ・プレスが適当であろう。車椅子上で行えるレッグ・プレスを整理しなくては。 12月12日 車椅子上での踵上げを試してみる。STERNBERG氏のサイトにANKLE RAISESとあった。右足は爪先をフットレスト上の支点として踵を上げることができる。回数だけなら氏の20回3セットもいけるが、力の溜めなどに工夫があるのかもしれない。弱い左足ではこれができない。踵をフットレスト上の支点として爪先を下げることはできる。かなり活発に動かせるから左足活性化の引き金にもなるし、踵上げに向けた鍛錬となりそう。何よりも爪先下げの動きは、これまで脚伸ばしの鍛錬の際に苦労していた左足のフットレスト離脱を容易にする。ただし、尖足防止のために壁を用いたアキレス腱伸ばしも忘れないこと。 12月13日 鍼灸治療の際に、脚裏の筋肉の収縮が強く脚が、特に左脚が曲がる悩みを相談した。O先生「腰や膝が悪く、脚の裏の筋肉が硬くなると踵の外側のツボ崑崙が硬くなる。ここにもお灸。」 12月18日 昨日あたりから腰がムズムズする。9月4日の腰の感覚の目覚めと同類であるが、あのときほどの頻度も強度もない。原因として思い当たるのは、一昨日から行っている車椅子上の脚伸ばしと爪先の上げ下げ。14日以降お灸も低周波治療も行っていないから、筋トレしか思い当たらない。9月以降大殿筋トレをさぼっていたから、1段階アップでなく9月4日の再来と考える。この感覚は快感でもあるし、電動車椅子上の座位回復も可能となったので、大殿筋トレもまじめにやろう。 12月21日 鍼灸治療の際、左腕が上がりにくいことに対して背中の脇近くのツボ、右手中指が曲がりにくいことに対して中指付け根左右のツボを刺激した。いずれも即効性がみられた。 昨日に続きPハーネスによる立位保持訓練を行った。肩の力を抜くよう意識した。自力だけで直立するPハーネス無支持状態にはもう少しかかりそう。 12月28日 車椅子上での体幹強化エクササイズを試みた。Sternberg氏は手を床に着けた状態から上体を起こすことを5回行っているとのこと。まず、手を膝に置いた状態で前屈。ここからは起き上がれる。前屈したときに腹の緊張を一度抜いても大丈夫。次に、手を膝よりも下に下ろして前屈。ここからは起き上がれない。彼女に助けを求めると頭を少し上げてくれる。このときそれほど大きな力は出していないとのこと。頭が少し上がれば、右手を膝に戻せる。ここまでくればひとりで起き上がれる。這い登るようなことになるが、少なくともひとりで行えるようにしたい。2003年も残り3日。これは片付けたい。 外部情報 12月19日 某掲示板で目にした「合気道のおれない腕」; 「やり方:腕をのばして、意識を、腹から腕を通って、ずっと遠く、何所までも遠くに持っていく。これで曲がらない。全身、どこでもできる。(意識は、素人に教える場合の方便。慣れれば、単に力を抜くだけでできます。) 仕組み:腕を曲がらないようにしようと力むと、曲げる方の力が入ってしまう場合が多いのです。」 立位保持訓練の際、膝ロックの後の膝カックン防止に使えるかも。 12月22日 松聲館のホームページを読み終わった。数週間を要したが多くのヒントがあった。大きく区分すると、稽古の仕方、体幹の重要性、筋トレの弊害及び身体の使い方の4つである。 稽古の仕方 「私の稽古は僅かずつの気付きの地道な積み重ねでもあるのかもしれない。マンネリな稽古を゛地道な稽古゛と言って美化していないか 」 「この場合の゛基本゛とは、動きの基本構造とその修得、工夫のためのプログラムの在り様が見えてきた、ということであり」 「もっとも身体をただ新環境に置いたとしても、身体の動きというものはどうしても故郷を恋しがり、いままでの自分の習慣を持ち続けようとするから、口うるさい小姑のように自分の動きを細かく検討し、難癖と思われるほどの注文を自分の身体に課さねばならない。」 「「武道で精神を修養する」というが、武の世界で精神が鍛えられるのは、「出来るか、出来ないか」というギリギリの状況下という設定があったからであろう。指導者なら、より向上を目指そうとする者なら、常により困難な状況下に自らを置いて、自らの技を研いでいくべきではないだろうか」 「稽古していて「これが型稽古の意味であり、その型とは見た目の形より、その時々の感覚に厳密になることだ」と思った。おそらくは、こうやって規矩が出来てゆくのであろう。」 「言葉でいえばこれだけのことだが、こんなことが私のように凡庸な者には現実に気づくのに5年もかかってしまった。古人の妙技はこんな気づきのおそらく千倍万倍だろう。あらためて古人のレベルの高さを思わずにはいられなかった。」 「何日も稽古していなくても「怠けている」とか「やらなければならない」という焦りがまったくない。それどころか何かが変わろうとしているのにヘタに稽古をやって従来の動きの癖をひきずるとその方がよくないような気さえするのである。」 「よく、武道の稽古は週1回道場へ通う程度では上達はおぼつかない、などと言われるが、術理さえのみ込み、あとは自分で稽古してゆけば上達することは確かで、私の周囲には何人もその具体例がある。それに、私の稽古会には1度も出たことがなくとも、私の本やビデオを参考に稽古法を研究し、成果を挙げたという例もけっこうあるようだ。」 「初心者というのは、その難しささえもよく分からないからこそ取り組めるのだ、ということが最近あらためて分かった気がする。そして、才能のある人なら私の数倍いや数十倍の早さで進歩するだろうから、複雑な技術もある程度の筋道さえつけておけば受け継がれさらに展開してゆくのだと思う。」 体幹の重要性 「この際、腰の角度は重要。私は肥田式強健術が、この「肚に来る」という感覚の研究にどれほど役に立ったかわからないと思っているが、肥田式の説くところと、現在の私の体の使い方とで最も大きく異なっている点は腰の角度である。肥田式は能や仕舞のようによく腰を反らせるが、現在の私はこの正反対で、中国武術でいう尾閭中正というものに近い。なぜかというと私の場合腰を反らせると鳩尾(みぞおち)に緊張がきて下腹が突っ張る感じになってしまうからである。これに対し、私が四方輪の頃に説いたリクライニングシートの原理のように腰を前へ送ってゆくと、ある点でグッと肚へ緊張が来るところがある。この時、肩は落し下げられ、両足の裏はまるで体重がかなり軽くなったかのような、圧力の減少を感じる。」 「15sの大きな羊羹状の鉄材が届いてから、これを正座して大腿部の上に置き、そこから数p持ち上げながら下腹に緊張をつくり、腹力を養いはじめて、私自身も自覚できるほど変ってきた。」 「正坐して太腿の上にこれを載せ、完全に持ち上がらなくとも下腹がグッと、自分自身で納得のいく緊張が得られればそれでいいとしている。臍下丹田というのは一種象徴的なもので「何もそこに力が入ったり、緊張させるものではない」という意見もあるようだが、私としては目下、具体的手がかりとしてこの下腹の緊張は得がたいものであり、当分の間はいまのまま技の工夫を行なっていきたいと思っている。とにかく下腹の緊張、腹力の活用によって、支点を作って動くことの問題、うねることの問題がいっそう明らかになってきたことは確か。腹部という骨のない場所の緊張は、腰などの実際に骨があって物理的支点となり易い場所の緊張と違い、ある動きをするのに作用、反作用で突っ張るのではなく、もっと違った働きがあるようだ。しかし、グッと「腹にうまく来たな」と思った後、いっぺんにウエストが5p以上も大きくなるのは 下腹に息が入った、ということなのだろうが、近代的身体観(外観)からいえば二の足を踏む人が多いだろうな、とつい苦笑してしまう。」 「考えられる理由はただひとつ、鉄塊を正坐状態から持ち上げている腹力鍛練の恩恵だろう。正中心力を唱道された、かの肥田春充翁は、1日わずか20回、時間にして1分もかからない正中心鍛練で、時に山仕事をしても、そうしたことを専門にやっている人達の何倍かの働きをしたというが、実際に脚力を鍛えたわけでもないのに(それどころか、このところ家にこもって原稿を書いていることが多い)自転車での登坂がこんなに楽になるとは、やはり腹力鍛練というのは驚くような効果があるものだ」 「気合を発すると正中線ならぬ正中筒ともいえるものが体の芯に立ち上ってきて、体が歪みにくくなるからのようだ。上方へはア音、上から前へはエ音、下へはオ音の気合がいいようだ。」 「お蔭で僅かな腰の操作によって、普通4歩弱の歩数を3歩で歩くという動き(確か今月初め頃に工夫したもの)が、まさにナンバ的に自然と同側の手足を同方向へ動かす動きになることに気づくことが出来た。これは多くの人達に、効率よく動けるようになってもらうという事では有益な発見となりそうだ。」 筋トレの弊害 「それにしてもいわゆる筋力トレーニングは、必要無いというより、弊害の方が多いのではないかと思う。なにしろ筋肉を太くするというのは、そこに過大な負担をかけるわけで、いってみれば下手な体の使い方をすることになるからである。」 「下手な体の使い方をして筋肉を太くし、それができたら上手に体を使え、などということはどう考えても無理があるように思う。」 「また武術ではないが゛術と呼べるほどのもの゛を会得していたと思われる整体協会の野口晴哉先生は、小柄軽量な体格にもかかわらず、体重計に両手の拇指をあててグンと沈ませると一気に針が野口先生の体重よりはるかに重いところまで動いたらしいが、門下生で誰一人そこまで針を動かせた者はいないという。こうしたことはおそらくは体の内部の並列処理的使い方により、一気にあるレベル以上の力を出したのではないかと思われるが、これは所謂ウエイト・トレーニング等による訓練法では不可能であろう(もっとも、きわめて特殊な設計がなされたウエイト使用のトレーニング法、たとえば肥田春充翁の鍛練などであればまた別であろうが)。」 「稽古しながらあらためて、ウエイトトレーニング等は化学肥料や農薬漬の農法と同じだと感じ、術といえるほどの動きとは、その人にすでに備わっている体重や手足の働きを活用しきることではないかと思った。」 身体の使い方 「大型店のなかを歩いていて、曲がる時、軸足を支点に゛ぐるっ゛と体をまわさないで、井桁術理に沿って中間重心で膝をぬいてすっと変ることを意識して行うと、以前では気づかなかった運動の多層構造さがみえてきて、ただ歩くだけで十分に興味深かった」 「巴のターンの連続で直径1mほどの大きさの物の周りをめぐる動きは、岡山の陸上競技指導者・小森君美先生が「背面跳びは井桁崩しの原理ですよね」と言われたことがあらためて思い出され、小森先生の、私の動きに関する分析力と理解力の高さを思い知らされた。」 「日本人のかつての身体の使い方への考察(ナンバの歩法や走法、膝行、膝退、そしてそこから導き出される体を捻らない体捌き)」 「ある人からリハビリ中の患者さんへの接し方、誘導法の1つとして「腰をかけている状態から立たせるのに、力を使わず楽に立たせる方法はないでしょうか?」という質問を受けた。これはつまり、私がいつもやっている、倒れまいしている者を崩すのと反対の技である。今までやってみたこともないが、相手に動きを誘発すれば何とかなるかも知れないと思い、前後に相手の上半身を動かし、その度に反対方向にバランスを取ろうとする人間の本能的バランス保持の反射を誘導して、さほど力を使うことなく立たせる事に成功した。」 「古の名人達人といった人達は、より細かく割った身体を瞬間的に巧みに組み合わせて使う事が出来るようになっていたのではないかと最近考えるようになってきた事もあると思う(井桁術理に気づいた頃も、やや似たことを考えていたが、最近はこれだけ多くある筋肉やら筋やらはその統禦が難しいので、多くの人は大雑把な統禦機能を使うだけで一生を終えてしまっているのだろうという実感が湧き始めてきている)。」 12月25日 某掲示板で伊藤式体操について知った。股関節の捉えと中心軸が重要とのこと。直接の関連はないが、参考になるものとして; 「まず歩き方を替える。普通は脹脛を使い地面を蹴って進む。末端部が先に動きはじめる。それを先に腸骨を前に進め膝→足首と進めていく・・・体幹を先に動かしはじめる。初めはオーバーアクション気味で大きく使って腰に刺激を与える。腕を肩甲骨中心で動かしていたように、腸骨を中心に脚を動かす。」 「脚の筋肉で地面に圧力をかけるのでは無く、腰の筋肉で地面に圧力をかける。あくまで腰の筋肉に刺激を与えるのが目的なので。足の筋肉の力みを取れるかがポイント」 「うではこしから、あしはかた(肩甲骨)からあるとおもえ」 「歩き方を「その線で」工夫するのなら、股関節を高精度のベアリングのようにイメージしてみるのもイイと思う。地面と足裏との接点から前進力が生まれるのではなくて、空中で自分の姿勢がグニグニ変わっていき、たまたま、そのときに変化し続ける体勢の一部が地面に接触しているために、結果として前に進む、といった感じ。」 「骨盤から紐(足)が二本垂れ下がってると考えると、脱力させての「膝抜きの歩み足」「腰を捻っての歩行」が全然不思議じゃなくなるのですが」 「目隠しすると真っ暗闇の中での人間の反応のように全身がビビッて力が出せなくなります。この状態で正座から立つ、立ってからまた正座を繰り返すことはどんな流派やスポーツでも無駄にならないと思います。」 「馬鹿の一つ覚えではないのですが、目をつぶったり、目隠ししたときに階段を登ったり降りたりしてみてください。足の力を抜いてゆっくり足を上げるなり、下げていって、次の目標の階段を足を手探りのように動かして足が触れたらスライドさせて安定する場所にきて始めて重心を落とす。これを力みをいれてやったらまず怪我しますよね?」 「足の重心の位置はカカトっちゅうか、くるぶしの真下に持ってくることをとく人も実は結構いますね。私が参考にしている中国武術の多くもそうですし、大東流六方会の岡本先生もそうでしたね。高岡氏は『武蔵とイチロー』という本でウナとか言っていましたね。」 「下丹田に直結した軸作りには林崎流系の趺踞(or民弥流的な座構え)からの立ち上がりがbetter。この時極力表層にある腹の大きな筋肉や脚の筋肉達を脱力この姿勢で普段通りの脚の筋肉の運動だけで立とうとしたら膝を痛めるかします。軸が出来ていなければ体が崩れます。尻の奥の筋肉が筋肉痛になったらしめたもの。(居合がなぜ座る事を選んだのかほんの少し解ったような・・・)下丹田は大雑把に見れば腸腰筋などのインナー筋・・・」 「股間およびその付近の筋肉&脚・体幹の筋肉の余分な力抜きが出来てると、体の重みによる下方向の力の流れ(体前面)と、地面から反発するような上方向の力の流れが(体後方)体の中に同居してる感じがします。腰を深く落としても上方向の力の流れに乗れば居つかずに元の姿勢に戻れたり左右に体を捌くことが出来まする 。このとき足の裏全面で体の重みを支えて軸および重心として感じられる点が足裏を移動します。(面と点という異なる感覚を一度に共有する)」
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