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2004年2月の気付きと工夫の記録です。

稽古日記  4:ベッド上でのズボン着用の際のブリッジ
12:スクワット    
15:立ち上がりの一人稽古
23:車椅子上でのレッグプレス
外部情報  9:「古武術の発見」倒れるかわりに歩いている
20:「森照子さんのリハビリの記録」在宅リハビリで失敗するのは大抵この繰り越した明日です
「森照子さんのリハビリの記録」にみる技術的なヒント



稽古日記

2月1日
昨日は最近の休日メニューである車椅子上での起き上がり、ストレッチ、ハーネスを使った立位保持を行った。ハーネスを使ってはいるものの、前に置いた椅子の背につかまって立つことを目指している。一応形にはなっているが、腰を入れて背筋を伸ばすと後ろに傾いてしまうので、若干腰を引いた前傾姿勢になっている。このため、肩前面のベルトが引っ張られ、体重の一部をハーネスが負担している。つかまり立ちのままでもバランスをとりながら直立に近づけるようにしたい。彼女の付きっきりのサポートがなくてもできる訓練、あるいはウォーカーを用いた訓練はその先にある。
今日は午前中いっぱい車椅子に乗っていたが、いろいろな用事を済ませたので、起き上がり訓練はしなかった。午後ベッド上でストレッチをしてもらい、そのまま15分ほど仮眠した。その後のハーネスを用いた立位保持は全く上手くいかなかった。膝が伸びきらない。上手くいきそうな気がしないので早々に取りやめてベッドに戻った。
今日立てなかった理由を考える。彼女はハーネス装着の不具合を懸念するが、私は違うと思う。いつもと変わらないはずだし、第一身体機能に影響するほどベルトの締め方を調節することはできない。一昨日電動車椅子上でレッグレイズやレッグエクステンションをやりすぎて脚が疲労しているのか。いや、昨日は立てたのだからこれは考えられない。15分の仮眠か。毎朝目覚めたとき足腰の力が入れづらいことを考えれば、これは当たっているかもしれない。午前中の起き上がり訓練が影響することも考えられるし、十分なウォーミングアップが必要ということか。

2月4日
毎朝ズボンをベッドの上ではかせてもらっている。仰向けに寝ている私の太腿まではかせることはそれほど難しくないが、そこから臀部をクリアして更に上に上げることは容易ではない。マット上で行う鍛錬のひとつBridgeの要領で、仰向けの私が膝を立て、腰を浮かせた瞬間に介助の方がズボンを滑らせる。この動作を数回繰り返し、ベルトラインがウェストに到達すれば完了となる。しかし、ポイントとなる腰の浮きが日によって全く違う。介助の方との相性もあろうが、下半身に有効な力が入っているかどうかは自分でもわかる。先日ウォーミングアップの必要性に思い至ったこともあり、最近さぼっていたウォーミングアップを今朝は行った。朝一番、仰向けに寝たままで、肛門を締めるつもりで臀部に力をいれるものだが、寝起きでほとんど動かない脚に動きがもどるのが分かる。今朝の回数は10回。結果として、今朝の腰は非常によく上がった。一度の成功だけでは結論づけられないので、回数も変えてみながらしばらく続けてみたい。

2月8日
椅子の背につかまって立つ訓練はやるたびに上手くなっている実感がある。ハーネスを少し下げて、爪先は床について、膝は曲がった状態で、椅子の背をつかむ。手で物をつかむことはできないので、実際は、両手首を背もたれの上端に乗せている。このとき、右手だけは手首を曲げて、後ろに引かれないようにある程度がんばることができる。立ち上がる際には、腰を折って上体を背もたれに近づけ、膝を伸ばす。膝が伸びれば、腰を入れて上体を起こす。ここまでは顔を下に向けているので、膝の動きも自分で確認しながら立ち上がっている。ここまで立ち上がれば、背もたれをつかんだままではあるが、出来るだけ直立をめざす。顔も上げる。姿勢が安定すれば、ハーネスをかなり緩めても立っていられる。ただし、急に倒れたときの命綱なので、ハーネスを緩めすぎることはできない。
上肢も下肢も左右差があり、左が弱いはずだが、立ち上がり訓練の際、右膝が伸び切れていないときがある。結果として、身体が右に傾く。背もたれに乗せた右手だけががんばりすぎているのか。右足に重心が乗る時期が早すぎるのか。

2月12日
痙性の有効性について考えている。と言うのも、昨日ハーネスを用いた立位保持訓練の時にいくつか気づいたからである。車椅子上での起き上がりもストレッチもなしでいきなりハーネスを装着した。ウォームアップの必要性を忘れたわけではない。仮眠もしていないし、直前まで連続数時間ベッド上に座ってパソコンをいじっていたので、それなりの緊張を予想していた。一度目は上手くいかなかった。吊られている状態で椅子に座った姿勢になっている。脚が下に伸びていない。椅子の背に両手を乗せる。脚に力を入れるが膝は伸びない。彼女がベルトの不具合を指摘するので、一旦ベッドにもどる。右脚のベルトを緩めてもらい、左右差をなくし、再度吊される。椅子の背に両手を乗せる。今度も脚は伸びない。ハーネスのウェストベルトの位置がいつもより低いことに気付いたので、ベッドにもどり両脚のベルトを緩めてもらう。これでいつもどおり。ハーネスのベルトを緩め、締め付けを減らすということは、ハーネスによる体重支持の割合は減る方向にあり、訓練としては楽にはならないはずである。しかし、3度目は立てた。自分で体重を支えながら、膝の曲げ伸ばしも数回ならば可能である。このレッグプレスというか、スクワットというか、体重を支えながらの膝の曲げ伸ばしがひとつの有効なエクササイズである。3点支持のスタンディングフレームではこの動きは望めない。膝の曲げ伸ばしをしながら、二つのことに気づいた。一つは、椅子の背に両手を乗せておくことが困難になっていること。上肢、肩、背中ががちがちである。おそらく全身に痙性が生じている。2度目のトライの時にはこの痙性はなかった。二つ目は力の入れ方のイメージ。膝を伸ばそうとしても上手くいかない。腰を回転させて腰を入れることをイメージして、丹田を意識しながら大殿筋に力を入れることで、結果として膝が伸びるという感じだろうか。 この2点はこれからの稽古を通じて確かめたい。
痙性の有効性といえば、PROJECT WALKのサイトで、痙性を利用することに言及していた記憶がある。

2月14日
車椅子上での起き上がりもストレッチも省略してハーネスを用いた立位保持訓練を行った。もちろん、痙性を立ち上がりに利用しているのでは、という思いもあり、ウォーミングアップの重要性も認識しているので、ベッド上で大殿筋のウォーミングアップを行った。下腹部の緊張と肩の緊張を確認する。所要時間は長くない。
立ち上がりは上手くいった。ベッドに背を預けて立ち上がるのではない。鉛直に吊られるように立ち上がるのでもない。前に置いた椅子の背に両手を乗せ、前傾し、膝を伸ばし、上体を起こしている。連続して十回程度は立ち上がれる。前傾したときに両手が体重の一部を支えるのは当然だが、肩前面のハーネスも体重を支えているに違いない。ここら辺のスキルが向上したことで立ち上がりが可能になったと思われる。しかし、ハーネスにはいつまでも頼れない。ハーネスは緩めていく方向にあり、下肢の筋力強化がこれに追いつく必要がある。
後傾して立ち上がる時には痙性の有効性を実感するが、前傾して立ち上がときにはその印象が弱くなる。いずれにしても、将来的には上肢の緊張を取除く必要があるし、下肢についても過度の緊張は好ましくはないと思う。

2月15日
昨日と同様にハーネスを使った立ち訓練を行った。立ち上がりの際にも立位保持の間も、前に置いた椅子に彼女が乗り、背に乗せた私の両手を押さえてくれる。今日初めて、立位保持の後に彼女に離れてもらった。無事に数分間立ち続けることができた。調子に乗って、ひとりで立ち上がることも試した。これもできた。立ち上がりの一人稽古の可能性が見えてきた。介助者を拘束しない一人稽古の持つ意味は決して小さくない。

2月21日
鍼灸治療の際にO先生からいろいろと教わった;
「その日の疲れを翌日に残さないよう身体が休まった状態で寝る。そのためには、運動を午前中に済ませることが望ましい。身体を早く目覚めさせるためには足の爪先をつまんで刺激することも有効。」
「左腕が上がらないのは肩胛骨周りが固いから。脇に近い背中のツボ肩貞ケンテイにお灸してこれを緩める。左肩前部が痛いのは動かない肩胛骨周りを庇って頑張りすぎているから。これには魚際への刺激も有効。」
これは自分で調べたことだが、肩貞は手の太陽小腸経にあり、魚際は手の太陰肺経にある。

2月22日
午前中にハーネスを使った立ち訓練を試みた。上手くいかないので、午後やり直すことにした。彼女はベルトのかけ方を懸念する。私は力の入れ方を反省する。下腹を緊張させて、腰で立つつもりで。
午後の立ち訓練は上手くいった。彼女がハーネスのベルトの長さが左右対称になるよう印をつけてくれたからだろうか。20分以上の一人稽古が可能となった。椅子の背もたれで魚際を刺激しながら立ち訓練を行う余裕もあった。

2月23日
車椅子上でのレッグプレスについて新たな方法を試みた。床上のキャビネットに片足ずつ乗せる。乗せる位置はフットレストよりも15cm程高い。車椅子でキャビネットにできるだけ近づいて、片足ずつプレスする。足の位置、下肢の曲げ具合、上体と下肢の角度等、立ち上がりに有効なエクササイズにするには検討項目も多いが、フットレストをプレスするいつもの訓練よりは脚に効いている。

2月28日
今週は車椅子上レッグプレスを始めた週だったが、ハーネスを用いた立ち訓練に特段の効果は見られなかった。悪影響もないので、レッグプレスは続けたい。立ち訓練の一人稽古の度合いは強まっている。稽古時間も延びた。前傾姿勢から始まる訓練では滑り止めマットもいらない。今日、マットから離脱した。起立に際し、足をできるだけ椅子に近づけた。実際の起立運動に近づけたつもりだが、起立しやすく感じた。足の位置を彼女に変えてもらうのでなく、彼女の指示に従って、自力でスタンスを決める。
最近、膝がなかなか伸びきらない。疲れがたまってきた時は当然としても、そうでない場合にも右膝が伸ばしにくい。膝が伸びきらず、踵がかすかに浮いていることもある。起立の稽古の際には、前傾して、膝を伸ばしきり、上体を起こすこととしていたが、今日は膝が伸びきる前に上体を起こした。この方が実際の起立運動に近いのかもしれない。


 
外部情報

2月9日
養老孟司氏、甲野善紀氏の対談本「古武術の発見 」を読み終えた。
一人稽古というのは、最初の頃はほんとうにむずかしいんです。なぜなら、ふつう一人稽古というと、どうしてもたんなるノルマの反復になりがちなんですね。やっぱり、だんだん自分の感覚に目覚めていって、何か発見があるようになってこないといけません。それから、一人稽古というのは、だんだん自分が乗ってきたところで、最高に盛り上がる手前でやめないと、翌日とか次の稽古までの間にずうっと情熱がつながっていかないんです。あるていどやって「飽きてきたな」というところでだんだんやめてしまうと、次への情熱が続かない。ところが、この盛り上がる手前でやめるというのが、未熟なうちはなかなかできない。ついその先までやっちゃう。そうするとだんだん疲れてくる。すると、最初にこれだと感じたものからしだいにズレてきて、しまいにそのズレが修正できなくなってくるわけです。」
「動物は四本足です。人間は二本足で歩くから、いちばんエネルギーが少なくてすむというんです。じつはサルの仲間では人間がもっとも長い道のりを歩くことができる。要するに倒れるかわりに歩いているんですね。倒れそうになると前の足が出てくるということです。」
「われわれふつうに運動しているときに、自然の入力が入ってくる。センサーと言ってもいいと思うんですが、筋の知覚、あるいは皮膚を含めて、さまざまな知覚から入力が入ってきます。オートとマニュアルの例で言えば、それまでの知覚はオートですね。しかし、そこでそういった入力をいったんどこかで切ってやる。つまり、知覚系そのものをマニュアルにするわけです。本来ならば、無意識に通ってしまうところを意識化していくということですから、それは身体内知覚に関しても、別なトライアルをしているということになるはずです。たとえば、ふつうは、「歩く」感覚というのがあって、それの延長線上に「走る」にしても何にしてもある。それを切り替え、入力をどこかでいっぺんブロックして、大脳で意識化するという形にもってくるわけですね。ブロックしない場合は、ある特定の初めから決まったルートを通ってやっているんでしょうけれども、それを別なルートとして入れると言うことを、改めてやっているんだと思います。それは頭のなかの組み替えであって、それこそ、修行。」

2月20日
「森照子さんのリハビリの記録」を数ヶ月ぶりに通読した。現時点で、自身のこれからの稽古を考えたとき、いくつもの技術的なヒントがあった。まず、寝返りなどの床運動を行い全身のバネを強化すること。腰を伸ばし、腰で歩くこと。歩く際に自分の足を見てはいけないこと。歩行訓練に備えるため足踏みによりウォーミングアップすること。自分の手で足をさすり、揉むこと。松葉歩行に先立ち、キャスターの付いた歩行補助具に上体を預け、足に負担を掛けずに歩く感覚を呼び覚ましてやること。そして、体重管理。
(2006.10.26追記)→「森照子さんのリハビリの記録」にみる技術的なヒント  





「森照子さんのリハビリの記録」にみる技術的なヒント

森さんを立たせ、脇に松葉杖を装着し、握りのグリップを確認してから最初の歩行訓練に入ります。
これも寸分の狂いもなく見事にこなした後、1本ステッキに入りますがこの頃から身体はリズムに乗り『セーノ セーノ』と最初は低く気合いを入れて自ら励まし、だんだんそのピッチは高くなり、息遣いは荒く顔が強張って来るのが分かります。その歩行姿勢と腰の崩れ、リズムの乱れなどが起こった時、私は『膝からの力を抜け!』『足首の角度!』『そのコーナリング、何だそれ!』『松葉を繰り出すのは手じゃない。肩だ!肩からだ!』『腰、腰で歩け!』と容赦なく激しい檄を飛ばし、すかさず手にした鞭がピシリ!と太ももに飛びます。
立位とか、もっと簡単な座位ができる姿勢保持全ての基本は腰なのです。完全四肢麻痺の人がベルト無しで椅座位しているその姿勢保持を見ただけで、頸椎損傷の何たるかを知っている専門家は驚きます。更に椅座位が出来、前屈、後屈に耐え、しかも体勢を立て直せたらリハビリによる顕著な回復例として驚きの目でみられる位、この姿勢保持は至難なことなのです。それには当然身体という重力に耐え得るだけの腹筋、背筋、大腿筋の強化は欠かせません。特に腰の安定が最も重要であることは言うまでもありません。
やがて椅子に縛り付けた足を外しても椅座位を保てるようになったのです。腰の安定です。いよいよ背もたれ無しの端座位姿勢保持訓練に入りました。この訓練もベッドを徹底的に利用したのです。しかしこれは椅座位とは比べ物にならない難度の高さです。なぜなら座っているのが柔らかい布団のため、上体は常に不安定になります。しかも指先で突き、わざと倒れさせるのです。
いよいよ立ちへの特訓項目を組み立て、それに挑戦しました。ここでも私はベッドを最大限に利用したのです。ベッドに座らせて床に足の付く位置から、スイッチを入れ徐々に慎重にミリ単位で上げていきます。当然荷重はジワジワと足、次に腰が受けます。こうして少しづつ静かに上げてやります。ついにベッドはお尻から離れ、腰椎のところで止まりました。
それは立つという事は当然「足で」だと思っていたのです。しかし、全く違っていました。足は身体を動かし、運ぶための付属器官であり、本当の意味での立つということは「腰で」だ、という事が分かリました。それからは徹底した腰の強化訓練に入りました。この頃から床運動を取り入れたのです。L型に座らせ、二人掛かりでの屈伸とねじり。床に寝せ、膝を立て、腹部のベルトを持ち上げての腹筋強化。椅子に座らせて腰のベルトを両脇から二人で持ち、呼吸を合わせ一気に立たせました。
この訓練で立つには立ちましたがベルトで抱きかかえなければアッ!という間に崩れ落ちます。それを徐々に、静かに手で支えている力を慎重に抜いてやるのです。最初、グラグラと大きく身体は揺れていました。その揺れが今までの厳しい腹筋と腰筋の強化訓練でバランスを取って体勢を立て直す事が出来たのです。
しかしこの立ちは無理をすれば何としても立たせる事は出来ます。両脇をしっかりガードして瞬間的に手を離せば倒れるまでは立った、と理屈ではそうなります。最初に立った1分46秒は、その後の特訓により、優に20分以上立てるようになり、更に1時間近く可能になったかも知れません。そして、この立ちは神経の繋がりとは何の関係も無いことが分かりました。立ちと歩き。この差は圧倒的であり、動くことの無い立ちは根のついた木であり、単に視点が高くなっただけです。歩くという動作は当然身体を運んで移動することであり、しかも自分の意志でその方向を決めなければなりません。重い上半身を受け止め得るだけの支える腰と足。これは最低限立っていれるだけの筋力と耐久性が付いたということで、身体を運ばない足は何の意味をなさない身体の荷重に耐えるだけの柱です。
とうとう松葉杖で立てるようになりました。しかし、杖の握りのグリップは全然握ることは出来ません。これは鷲手のため曲げる事が出来ず、これでは体重を支えることは出来ません。そこで握りのグリップに固定バンドで縛り付け、手首が折れ曲がらないように松葉杖の手首の部分にハガネのカバーをつけました。
しかし歩くという運動では予測のつかない突発的な事故、特に転倒の危険が常に付きまとい息を抜く事が出来ません。先ず、松葉杖を持った手のシビレと杖の滑り。腰の崩れ。そして最も危険な脊髄損傷者特有の痙性(けいせい・突然起こる筋肉の収縮。)と反射(筋肉が弛緩したり緊張したりの繰り返しによりブルブル震える状態)であり、これは不随意運動でいつ起こるか、私達は勿論、本人さえも全く予兆はありません。
そしてとうとう分かリました。森さんは杖のグリップに力を入れて上半身を持ち上げる事は出来ません。当然全体重といっていい荷重は脇の杖が支えています。松葉杖が代用する二本の手(足)と本来の足。この「四本の足」で歩かなければならないのです。たとえば今右足を出そうとします。このときは右膝を曲げ、左杖を前に出さなければなりません。そうすると今迄四本の足で支えていた体重が、右足を曲げたため残りの三本の足に負荷が掛かります。これは当然のことです。要するに右足を曲げた瞬間、その右足の力を抜き、足一本の重みだけにしなければならないのです。体重が残らなくなったその瞬間、グイと右側の腰と大腿、膝頭に力を入れて持ち上げなければ前に進めないと分かったのです。折った右側の足に体重が残っているからで、これではいかに厳しい筋力トレーニングを重ねても歩けるはずはありません。当然四肢への分散と協調運動がバラバラで歩くことは出来なかったのです。力を抜く概念、ゼロにする感覚と機能が目覚めていない結果であり、これは私が3年以上にも亘るリハビリの中での最大の失敗でした。なぜなら、今までの特訓は全て「力を入れる」「込める」「瞬発」だけの筋力強化一本槍だったからです。そのお陰で確かに立ち、首が据わり、腰が安定しました。しかし、その緊張した筋肉を緩める訓練はしていなかったからです。
私は考えたすえ、先ず床をピカピカに磨き上げました。更に樹脂性ワックスを塗り込めて滑りをよくしたのです。そしてストッキングを履かせました。この滑りを利用して足と杖のタイミング、バランスの取り方を身体で覚えさせる事にしたのです。 左右の足を私と美子が掴み『出せ!』との掛け声でスッ!と足を滑らせ、同時に杖を次の足を出すための低位置にピタッ!と付けてやります。この訓練は徹底しました。
ついに足に体重が乗っからなくなってきた日がきました。左足を支点として渾身の力を込めて体重を左に預けて膝を折った時、その右足がスッと力が抜けたその瞬間、『今だ!前に出せ!』と私の悲鳴が飛びます。右足はスッ!と前を滑り、すかさず杖は右足の定位置に移動します。前に出た右足をしっかり踏ん張って支点にし、今度は左足の力を抜きます。全体重が右足と右杖に移動したのがはっきり分かります。左足一本だけの重みになりました。左がゼロになったのです。またスッ!と出ました。
しかし神経は繋がり、後は足を持ち上げる筋力の強化が最大の課題でしたのでこれにはただひたすら歩かせるしかありません。

右側に寝返りする時は左膝を立ててその足首をしっかり持ち、先ず支持点とも言うべき力を入れる中心点をきめます。次に右腕を立てた左の太ももに縛り付け、この体勢から一気に左足を蹴込むと同時に、腹筋、大腿筋、背筋、胸筋、などあらゆる筋肉を総動員して左肩を持ち上げます。このときの最低限の条件として、肩甲骨が柔軟であり、床から10センチ以上自力で持ち上げるだけになっていなくてはなりません。今迄3年以上にわたり私達は徹底した床運動をやってきました。事故以来8年を過ぎた今でも(2000年)、この床運動はリハ項目から外したことは無いのです。
こうして何千回にもわたる寝返りだけの特訓の結果、とうとう左半身が浮きました。左の肩とお尻が床を完全に離れたのです。しかしここまでです。またダン!と戻ってしまいました。 これは最初から私には分かっていたのです。抜くべき力を抜く事が出来ないからであり、左側に力を入れた瞬間、肝心の右足も蹴ってしまい力が相殺され、それがバネとなって身体を戻すのです。
立てた左足に渾身の力を込めて蹴込むと同時に左はL字に高く上がり、同時にスッ!と右足の力が抜けました。間髪をいれず腰とお腹を捻り、同時にグイ!と左の肩甲骨を持ち上げ右側に捻ります。見事にピタッ!と身体は右半身の横臥姿勢におさまったのです。

この突発的に起こる強い手足のケイレンでは、体重を支えきれず瞬時にして身体は崩れ落ちます。このような場合、とても手では支えきれるものではありません。
この転倒は身体がリハビリに慣れた時、不意に襲ってきます。
それはこの膝上げだけに全力を集中し、他の余計なことは一切しません。その二ヶ月の期限がきて、目標が達成できなかったら私は迷わずピタッ!と止めてしまいます。次に全く違った訓練をさせます。これも当然二ヶ月です。その期限が来たら今度は前に達成できなかった膝上げ訓練を二ヶ月ぶりにやらせると見事に出来るのです。これは全く別な訓練をやった事に対する身体の相乗効果と応用なのです。
身体の荷重を中心点である腰で受け止めて、それを二本の足で平均して支える、というのが立ちです。この中心点が極端にズレた結果、一方の関節には過大な負荷が掛かり、刺激を受けて傷がつくのは当然です。
松葉杖を装着した時からこの矯正は始まりました。杖のグリップの高さ、腋当てを、腰が伸び、背筋が真っ直ぐなるたびにミリ単位で調整していくのです。特に腰の安定に殆んどの時間を割きました。歩行の際、どうしても足は外側に開きV型になります。これは本人が意識しなくてもこの型が最も身体の安定を保つ危険回避の本能からであり、そのため必ず腰が引けるのです。これには真っ直ぐ引いたマーカーの線上を気の遠くなるまで歩かせ完璧に直しました。また、歩くため右足を上げると当然身体は右に沈みます。それを避ける為足を上げたと同時に右杖にグイ!と力を入れ、同時に腹筋を使い左に傾けて平衡を保たせ、それを等身大の鏡で確認させて視覚からも直すのです。
森さんの歩行訓練はこの頃4種の組み合わせの毎日で、その内容は松葉杖、二本ステッキ、一本ステッキ、そして自立歩行です。特に危険の伴う歩行訓練は一つの項目に対し15分が限界であり、緊張に耐え得る1時間です。後の5時間はこの目標達成のためのただひたすら単調な基礎訓練に費やされるのです。
歩行訓練の際、最も肝心なのは足首の曲がり、荷重の掛かるところ、ターンの方向と角度、足裏のどの個所が一番最初に接地するか等です。更に重要なことは足が床につく時、足裏を通して身体全体に感じる接地感、振動感、感触感等の知覚刺激がゴム底の靴で遮断、隔絶されることです。

絶え間のない足と関節の揉み、電子鍼からの刺激、5年以上にも亘る裸足での歩行訓練でついに脊損の宿命さえ言われている知覚、感覚麻痺が蘇って来たのです。温覚、冷覚が最初に目覚めてきました。これにより、交感神経、副交感神経が活発に刺激され、何と自律神経まで目覚めました。
私はそれを聞き、『よし!それならベッドから抜け出させてやる!』と決意し、546日の猛特訓でベッドから抜け出し、立ち、歩き、ついに自分でトイレに生ける迄となりました。
疲れたら当然この訓練は明日に、と繰り越します。これがどれほど恐ろしいことになるか。在宅リハビリで失敗するのは大抵この「繰り越した明日」です。なぜ恐ろしいかというと、それは今までの規則正しい訓練時間が「体内時計」として身体に記憶されているからです。初めはほんの小さく狂ったリズムです。しかし、その繰り返しが重なり、その後だんだん大きな振幅となってついに身体はリズムという波に順応しなくなってしまいます。

この滑りと僅かな接触だけでも、バランスを崩して取り返しのつかない結果を生じます。また歩く際、自分の足を見てはいけないのです。これは徹底した厳しさで私は叩き込みました。視覚分野に移行してたちまち足がもつれるからです。リハルームでは4メートル先にナナの額縁の写真を置き、その一点にだけ目を据えて身体のブレと蛇行を矯正してきたのです。
自立歩行の際、誰かが不用意に話し掛けた時、それに答えただけでグラッと身体は沈みます。一番の刺激は突然鳴る電話のベル、それと物が落下した衝撃音です。これらは歩くという「最も難しい動作」に全神経を集中して、その指令をくまなく全身に行き渡らせる為の息詰まる精神の集中力が必要だからです。そして恐ろしいのは脊損特有の不意に襲ってくるケイレン、突然の、むせと咳です。
歩行訓練に備えるためオイルダンパーペダルでの足踏みを連続200回やり、腰・膝下・腕・肩甲骨を緩めておきます。これをしなければ直ぐには立って歩けないからです。車でいうアイドリングであり、歩くために最も大切な基礎ウォーミングアップ訓練で、これだけは欠かすことは出来ません。
この際限の無いリハビリをどこで区切りをつけるかという線引きを私ははっきり持っています。それは自分でトレーニングできる迄になるその日です。
更に3年を過ぎた1109日目。神経の繋がった足はついに脳の命令により一歩前に出ました。
畳は最大の障碍です。それは杖と足の沈みに加え、支点という踏ん張りが利かないからです。更にストッキングでの畳は非常に滑りやすく、その縁につまずいたらたちまちバランスを崩します。
部屋から店に下りる階段は4段ありますがそれぞれ微妙に段差を変えてあります。一番上は10センチ、次は12、14、最後の段は一番高く15センチにしてあります。部屋を改造する時、私は最後まで階段を付けるか否かで迷いに迷い、『あるいは奇蹟が起こり階段を上り下り出来るかも知れない』と突飛でもないことを考えた末、あくまでも「ついで」に付けたのです。私自身、まさかと思ったこの昇降が5年経った今、現実のものとなったのです。神経を張り詰め、きつい特訓は考えただけでも頭が痛くなるほどでしたがこれが出来たのは床運動と併せ、寝返りの3年以上にも亘る徹底的に鍛えられた全身のバネと、脊損にとって一番難しいとされている協調訓練のお陰でした。
この階段昇降では私が最も緊張し、胸の動悸が激しくなるのは階段の下りです。その身体は松葉杖で腋がしっかり固定されて遊びがありません。しかも実に微妙な手足の屈伸を使い分けながらも、それを受け止める腰の安定が無ければ出来ないことなのです。
森さんの場合、いったん力を入れたら抜く、ということはなかなか出来ません。その為歩く時、大腿に力を入れて膝を曲げ、足を持ち上げた時、ドン!と曲がったまま床に固く着きます。丁度上腕に力コブを入れながら真っ直ぐ伸ばせ、と言っても出来ないと同じ状態であり、この抜く機能の回復に全力を挙げていたのです。曲げた膝頭より、大腿が先に前に出た時、私の声は高くなり、鞭は即座に腿を打ちます。
成績がガタッ!と落ちる時、あるいは2ヶ月掛けても全く進展の兆しが無い時。それは何ヶ月も続きます。そのような時『ここまでが回復の限界だったんだ』と諦めかけたことは数え切れないほどありました。そのような時は前に書いたように全く別な訓練に取り組み、今まで足をやっていたのが右手1本にと切り替えてしまいます。
その動く手に全ての訓練をぶっつけ、柔軟にして筋力を付ければ車椅子を自由に漕ぎ出して身体を運び、足をさすり、揉んで刺激を与えることが出来、しかも腹筋、背筋強化の自主トレーニングも可能になります。
足は勿論、手の動きにさえ腰が利かなければ訓練になりません。それからは床運動を取り入れ猛烈な訓練を行い、徹底した腰部と腹部の強化に努めてついに立つことが出来ました。それほど腰は字句解釈どおりの身体の「要」なのです。
しかしこれが一人で行うリハビリの限界なのです。立ち方、歩き方は一番歩きやすい自分流の癖がついてしまいます。
立ち、歩くためには必ずやらなければならない手順、という順序を踏まなくてはなりません。先ず何と言っても腰と腹筋強化。これは当然です。次に病院などでよく見かけるキャスターの付いた歩行補助具に上体を預け、足に負担を掛けずに歩く感覚を呼び覚ましてやります。森さんの場合これを徹底しました。それを経て松葉、肘ステッキ、2本、1本と進まなければなりません。
森さんの場合もこの青年と全く同じく、先ず運動機能が回復してそれにつれ感覚、知覚神経が目覚めました。その期間も3年少し。何と言う偶然でしょう。
しかも太っていました。これは脊髄損傷者のリハビリを行うにとっては最大の敵で最も気を付けなければならない体重管理です。1年掛けて2センチ上がった足が、3キロ太ったらその両足にそれぞれ1.5キロの鉛をつけたことになります。
例えば障害物乗り越え訓練ではもう3a足が上がったら路肩の段差を難なくクリア出来ると思ったらその目的一点に絞ります。1年で3aは簡単な事、と思われるでしょうが全然違うのです。それは足だけではなく、杖を繰り出す手も上げなければならず、更に乗り越える為の腹部、腰部の強化も図るという全身にまたがるからです。
その為、幹事の方に家に来てもらい、車椅子からホテルの椅子への移動、その立ち上げと膝の当て方、そしてタイミング。力と呼吸の入れ方。立った時の姿勢保持と松葉杖の装着とグリップの当て方。ガードする為、森さんの前に絶対立たず斜め後から等など、こと細かい項目の一つ一つを夏の盛りに汗だくになりながら猛特訓を重ねてきました。
そして私が頭を抱え込み悩んだものは豪華な深い絨毯でした。森さんにとってはこれほど危険なものはありません。最も恐ろしい松葉杖の絡み。次に床面が柔らかいため支点となる足に踏ん張りが効かなくなります。つま先がほんの僅か絨毯を蹴っただけでたちまちバランスを崩します。更に注意して歩こうと足元を見る視覚への神経分散。

   

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